企業法務コラム
人材紹介・派遣事業の懲戒解雇・退職勧奨|リスクを回避しトラブルを防ぐ正しい手順を弁護士が解説
更新日:2025/12/23
人材紹介や派遣事業を運営していると、次のような悩みに直面することはめずらしくありません。
- ・派遣先から「あのスタッフを今すぐクビにして」と迫られている
- ・成績不良や勤怠の悪い社員を、トラブルなく辞めさせたい
- ・懲戒解雇のリスクを避け、スムーズに退職してもらう手順が知りたい
派遣先からのクレームや問題行動があると、厳しい処分を下したくなるものです。しかし、人材業界において安易な懲戒解雇は極めてリスクが高く、おすすめできません。
そこで有効なのが、リスクを抑えて合意退職を目指す「退職勧奨」です。この記事では、人材業界の法務に精通した弁護士が、懲戒解雇が難しい理由と、合意退職へ導くための具体的な実務手順を解説します。
- この記事でわかること
-
- 人材業界で懲戒解雇が難しい法的な理由
- 【ケース別】派遣スタッフ・自社社員への正しい対応手順
- トラブルを防ぐ退職勧奨の実施ステップと会話術
- やってはいけない「退職強要」の境界線
人材紹介・派遣事業において、派遣先からのクレームや成績不良を理由とした安易な懲戒解雇は、不当解雇訴訟や多額の損害賠償を招く危険性が極めて高いです。日本の労働法では解雇要件が厳格であり、派遣契約の終了と雇用契約の終了は別物として扱われるからです。
そのため、リスクを最小限に抑える現実的な解決策として「退職勧奨」による合意退職を推奨します。退職勧奨が違法な退職強要にならず円満に解決するためには、就業規則に基づく証拠整理や適切な面談など、戦略的な手順が不可欠です。
人材業界特有の労務トラブルや、解雇・退職勧奨の進め方にお悩みの際は、顧問実績750社超の弁護士法人グレイスへご相談ください。初回相談は無料です。
目次
人材業界(派遣・紹介)において「懲戒解雇」が極めて難しい現実
人材ビジネスの現場では、顧客である派遣先企業や紹介先企業からの要望が絶対視されがちです。しかし、顧客の要望通りにスタッフを「解雇」しようとすると、日本の労働法制という大きな壁に直面します。まずは、なぜこの業界で懲戒解雇が難しいのか、その構造的な理由を解説します。
なぜ「派遣先からのクレーム」だけでは解雇できないのか?
派遣会社にとって、派遣先からのクレームは売上に直結する死活問題です。「能力が低い」「態度が悪い」と言われれば、すぐにでもそのスタッフを排除したくなるでしょう。しかし、法的な観点からは、派遣先のクレームは解雇の正当事由として不十分なケースが大半です。
派遣契約(商取引)と雇用契約(労働法)の完全な分離
派遣先と派遣元の間には「労働者派遣契約(商取引)」があり、派遣元とスタッフの間には「雇用契約(労働法)」があることを矢印で示し、この2つが別物であることを強調するイラスト。
派遣事業における最大の誤解は、「派遣先との契約終了=スタッフの解雇」と考えてしまう点にあります。
派遣先企業が「契約を更新しない(打ち切り)」と判断するのは、企業間の商取引である「労働者派遣契約」の話です。他方で、派遣会社がスタッフを辞めさせるのは、労働基準法や労働契約法に基づく「雇用契約」の解除にあたります。
たとえ派遣先から「明日から来なくていい」と言われたとしても、それはあくまで派遣場所がなくなったに過ぎません。派遣会社としての雇用契約は継続しているため、会社は次の派遣先を探す義務を負います。派遣先の評価がそのまま解雇理由になるわけではないのです。
労働者保護の観点から見る「解雇権濫用法理」の壁
日本の労働法では、労働者は極めて手厚く保護されています。その中心にあるのが「解雇権濫用法理」です。
労働契約法第16条には以下のように定められています。
(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
出典:e-Gov法令検索 労働契約法
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
つまり、会社側が「解雇したい」と思っても、裁判所等の第三者が「それは客観的に見て仕方がない」「社会的に見ても当然の処分だ」と認めない限り、解雇は無効となります。
特に「懲戒解雇」は、労働者の勤務会社における職業人生を断つに等しい極めて重い処分であるため、求められるハードルはさらに高くなります。単なるミスや相性の不一致程度では、到底認められません。
安易な懲戒解雇が招く「3つの経営リスク」
感情に任せて懲戒解雇を強行した場合、会社は計り知れないダメージを負う可能性があります。
不当解雇による地位確認訴訟とバックペイ(賃金遡及支払)
もしスタッフが弁護士を雇い、「解雇は無効だ」として訴訟(地位確認請求訴訟)を起こした場合、会社側が敗訴する可能性は低くありません。
敗訴した場合、解雇は無効となり、スタッフは職場復帰します。さらに恐ろしいのが「バックペイ」です。解雇した日から判決確定の日までの給与を、さかのぼって全額支払わなければなりません。
裁判が1年、2年と長引けば、働いていないスタッフに対して数百万円以上の給与を支払うことになります。これは中小規模の派遣会社にとって致命的な出費となりかねません。
さらに、懲戒解雇を通知したことでスタッフの社会的評価を低下させた場合、名誉毀損や精神的苦痛に対する慰謝料を請求される恐れもあります。
派遣先企業を巻き込んだ損害賠償トラブル
懲戒解雇に至るような問題が発生した場合、その影響は自社内に留まりません。派遣スタッフの不祥事で派遣先に損害を与えた場合、派遣先から損害賠償を請求される可能性があります。民法上の「使用者責任」により、派遣元企業は自社の派遣スタッフが業務上犯した過失について、派遣先への賠償責任を負うからです。
派遣先企業も巻き込んだトラブルに発展すると、自社と派遣先の関係悪化は避けられません。また、このような場合に、派遣元としては損害賠償金の支払いについて、その損害の一部でもスタッフ本人に負担させたいと考えるかもしれません。しかし、労働基準法では従業員に対する罰金や賠償予定の取り決めを禁じており(同法第16条)、給料天引きで損害を弁償させるような行為はできません。仮にスタッフ個人に賠償請求するとしても、現実には支払い能力の問題もありスムーズにはいかないでしょう。結果的に会社が丸ごと損害を被るリスクが高いのです。
SNSや口コミサイトによる「ブラック企業」認定と採用への悪影響
現代では、不当解雇の情報はすぐに拡散されます。
「〇〇派遣会社はいきなりクビにする」「理由も聞かずに懲戒解雇された」といった書き込みがSNSや転職会議などの口コミサイトに広がれば、新規スタッフの採用は困難になります。
人材ビジネスにおいて「人が集まらない」ことは、事業継続そのものを脅かす最大のリスクといえるでしょう。
判断に迷う「懲戒解雇」「普通解雇」「退職勧奨」の違い
トラブルを防ぐためには、用語の定義を正しく理解しておく必要があります。ここでは、現場で混同しやすい3つの処分の違いを整理します。
懲戒解雇:もっとも重い「制裁」としての処分
懲戒解雇とは、社内の秩序を著しく乱した労働者に対する制裁罰としての解雇です。
懲戒解雇を行うためには、まず就業規則に「懲戒の種別」と「事由」が明記されていなければなりません。
しかし、書いてあれば何でもできるわけではありません。その事由に該当する事実があったとしても、行為の性質や態様、過去の勤務態度などを総合的に判断し、「解雇までするのは重すぎる(重きに失する)」と判断されれば無効となります。
普通解雇:能力不足や整理解雇を含む契約解除
普通解雇とは、労働者の能力不足や協調性欠如、あるいは会社の経営不振などを理由に、雇用契約を将来に向かって解除することです。
懲戒解雇とは異なり、普通解雇の場合は労働基準法第20条に基づき、少なくとも30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります。
能力不足を理由に普通解雇する場合、会社には普通解雇を行う前に「指導・教育を行う義務」もあります。
「何度注意しても改善しない」と主張するためには、口頭での注意だけでなく、書面による指導や面談記録、改善計画の実施など、会社が手を尽くしたという証拠が必要です。
退職勧奨:双方の合意による「平和的解決」の手段
退職勧奨とは、会社から労働者に対し「退職してくれませんか」とお願いし、合意の上で雇用契約を解約することです。
会社側が主導権を握りつつも、労働者の同意を得て円満に契約関係を終了できる現実的な解決策として、人材業界では最も推奨されるトラブル解決手段と言えます。
労働者が同意すれば成立するため、解雇権濫用法理のような厳格な規制を受けません。もちろん、強要は違法ですが、適切なパッケージ(解決金など)を提示し、納得してもらえれば、後から不当解雇で訴えられるリスクをほぼゼロにできます。
派遣スタッフや営業社員とのトラブルにおいて、最も現実的かつ安全な解決策は、この「退職勧奨」です。
「懲戒解雇事由には少し足りないが、雇用継続は困難」というグレーゾーンの事例では、退職勧奨による解決が法曹界でも推奨されるスタンダードな手法といえます。
【ケース1】派遣スタッフへの解雇・退職勧奨|派遣先との板挟みをどう解くか
ここからは、具体的なケーススタディに入ります。まずは、派遣会社特有の悩みである派遣スタッフへの対応です。
派遣先から「即時交代・契約終了」を求められた場合の対応
派遣先から「明日から来させないでくれ」と言われたとき、派遣元担当者はパニックになりがちですが、冷静な対応が求められます。
派遣先への謝罪・報告と、スタッフへの事実確認を分ける重要性
派遣先への対応とスタッフへの対応を明確に分けることが重要となります。
まず派遣先企業に対しては、迅速かつ誠意ある対応が必要です。クレームの内容が事実か否かにかかわらず、即座に派遣先に出向くか連絡し、謝罪と再発防止策の約束をしましょう。派遣先から「交代要請」が出ているなら、代替要員の手配も検討しなければなりません。ビジネス上、派遣先の信頼を失わないよう迅速なフォローが欠かせません。速やかに謝罪や代替案を提示し、契約(商取引)の維持に努めます。
一方、スタッフ本人の雇用管理は派遣会社の責任です。派遣先への対応とは切り離して、スタッフ本人から事情を聴取し、事実関係を確認するプロセスを踏みましょう。派遣先の言い分だけで即断せず、スタッフにも弁明や説明の機会を与えることが大切です。
場合によっては派遣先側に誤解や行き違いがあるかもしれません。「派遣先の要求だからそのまま解雇」ではなく、自社の従業員として公平に扱う姿勢を持つ必要があります。
もしスタッフに過失がない(派遣先の理不尽な要求など)場合、会社はスタッフを守らなければなりません。
次の派遣先が見つからない「待機期間」の休業手当と雇用維持義務
派遣契約が終了しても、直ちに解雇はできません。次の派遣先が決まるまでの間、スタッフは「待機」状態になります。
この待機期間中、会社都合で休業させていることになるため、労働基準法第26条に基づき、平均賃金の6割以上の「休業手当」を支払う義務が発生します。
会社としてはコスト負担が重いため、ここで焦って「仕事がないなら辞めてくれ」と言いたくなりますが、これは会社都合の解雇となり、リスクが高まります。休業手当を払いながら次の派遣先を探すか、あるいは解決金を提示して退職勧奨を行うかの経営判断が必要になります。
能力不足・勤怠不良(遅刻・欠勤)を理由とする場合
「遅刻が多い」「スキルが足りない」といった理由でクレームになり、交代を余儀なくされるケースです。
懲戒解雇は困難だが、普通解雇に向けた「指導記録」の作り方
数回の遅刻やミスで懲戒解雇は不可能です。まずは普通解雇を見据えたプロセスを踏みます。
具体的には「注意指導書」を発行し、受領印をもらうことです。「いつ、どのようなミスがあり、どう改善すべきか」を書面で残します。
業務スキルが不足しているなら、研修やOJTを実施した履歴や、派遣先からの評価フィードバックなどを集めておきます。
これらの対応を重ねても改善が見られない場合には、当該スタッフが「業務適格性を欠く」と評価され得るため、普通解雇事由として主張すること、または退職勧奨の正当な理由として位置付けることが可能となります。
バックレ(無断欠勤)が続く場合の自然退職規定の適用
派遣スタッフの中には、突然連絡が取れなくなる(バックレる)人もいます。
この場合、就業規則に「〇日以上無断欠勤し、連絡が取れない場合は、その期間経過をもって自然退職とする」という規定(自動退職規定)を入れておくことが有効です。
解雇手続きをとると予告手当などの問題が生じますが、自然退職規定があれば、本人の意思による退職とみなして処理できる可能性が高まります。ただし、バックレが発生した場合、まず書面やメールで出勤督促の連絡を試みることや、事前の就業規則の周知徹底が必要となります。
内容証明郵便で出勤督促を送る、緊急連絡先に問い合わせるなどの措置を取った上で、それでも連絡が取れない場合に最終手段として適用するようにしましょう。
重大なコンプライアンス違反(情報漏洩・犯罪行為)があった場合
派遣先での横領や機密情報の持ち出しなど、犯罪行為があった場合は例外的に厳しい対応が可能です。
派遣先の損害と会社の信用毀損を理由とした懲戒解雇の検討
派遣先企業の業務情報を無断で持ち出した、顧客の個人情報を漏洩した、派遣先で窃盗や暴力事件を起こした等、派遣先に重大な損害を与える背信行為があれば、派遣会社としても懲戒解雇を検討するに値する事案と言えます。
明確な証拠(防犯カメラの映像、本人の自認書など)をしっかり押さえることです。派遣先からの報告書や被害届の写し、問題行為の客観的証拠(防犯カメラ映像やログなど)を集め、後から労基署や裁判所に説明できるようにします。
「派遣先に多大な損害を与え、派遣元の信用を著しく傷つけた」ことが解雇理由の核となります。就業規則の懲戒規定に照らし合わせ、慎重に手続きを進めます。
警察への被害届提出と連動した厳正な対処
犯罪行為の場合は、社内処分だけでなく、警察への被害届提出も検討すべきです。
警察が動くほどの事案であれば、懲戒解雇の正当性は強固になります。また、本人に対して「刑事告訴をしない代わりに、自主退職と損害賠償の誓約に応じるか」という交渉も選択肢に入ります。ただし、本人への交渉が脅迫にならないよう、弁護士同席のもとで行うことが賢明です。
【ケース2】自社社員(営業・キャリアアドバイザー)への解雇・退職勧奨|成績不良・素行不良
次に、自社の営業担当(RA)やキャリアアドバイザー(CA)など、正社員への対応について解説します。
営業職・キャリアアドバイザーの「成績不良」への対応
人材業界は成果主義の側面が強いですが、数字が悪いだけで解雇することは法的に困難です。
KPI未達だけでは解雇不可! PIP(業務改善計画)の実施手順
単に「ノルマ未達だからクビ」は認められません。裁判所は「会社は成績向上のためにどのようなサポートをしたか」を重視します。
ここで有効なのがPIP(Performance Improvement Plan:業務改善計画)です。
上司や人事担当が本人と面談し、具体的な行動目標(テレアポ件数、面談数など)や改善点を書面に落とし込んだ計画を提示します。本人に納得してもらい、期間(例えば3ヶ月)を区切り、定期的に進捗確認や途中経過の記録を行います。
これを実施してもなお改善が見られない場合、初めて「能力不足」の客観的証拠となります。
配置転換の検討と、職務適格性の欠如の証明
解雇の前に、配置転換(営業から事務へ、など)を検討したかどうかも重要です。
他の部署でも活用できる余地があるのに解雇すれば、不当解雇とみなされやすくなります。裁判所も、解雇の妥当性を判断する際に「配置転換など解雇回避措置を取ったか」を重視します。したがって、配置転換の打診・実施は解雇を正当化する上でも有利に働くのです。
「あらゆる配置転換を検討したが、本人の適性に合う職務がない」という結論に至って初めて、解雇や退職勧奨のテーブルにつくことができます。
顧客情報の持ち出し・引き抜き・独立準備への対応
人材業界で多いのが、退職時に求職者リストや顧客リストを持ち出し、独立や競合他社へ引き抜く行為です。
懲戒解雇が認められやすい「背任行為」の証拠確保
在職中に競合他社のための活動を行ったり、会社の資産である顧客リストを不正に持ち出したりする行為は、背任行為として懲戒解雇の対象になり得ます。
重要なのは、業務用PCのログ解析やメール履歴など、確実な証拠を押さえることです。「怪しい」というレベルで動くと、逆に名誉毀損等で訴えられるリスクがあります。
証拠が揃えば、懲戒解雇も視野に入れますが、その際もいきなり解雇通知するのではなく、本人に弁明の機会を与える手続き(書面で事実確認を問いただし回答を求める、懲戒委員会で事情を聞く等)を踏むことが望ましいです。また、就業規則において弁明の機会を与える手続きが明記されている場合には、当該手続きを行わないと懲戒解雇が無効となるリスクが高まります。
それでも合理的な説明が得られないか、明確な証拠を突きつけても否認・悪質な態度の場合は、会社として信頼関係が完全に破壊されたとして懲戒解雇を検討する判断につながります。
競業避止義務違反に基づく損害賠償請求と警告書の送付
自社と競業する企業への転職や独立・引き抜きについて、もし雇用契約や誓約書で競業避止義務が定められているなら、それに違反したとして損害賠償請求を準備することも可能です。
実際に裁判をする前に、弁護士名で内容証明郵便(警告書)を送るだけでも、相手に対する強力な牽制になります。「会社は本気だ」と示すことで、不正行為を停止させることができます。
同時に、流出した情報の回収や関係各所への事情説明も進めます。場合によっては、競業避止義務違反の社員を雇い入れた受け入れ先の企業に対して警告を発することもあります。「弊社との契約に反する引き抜き行為が行われた」と知らせ、牽制するのです。いずれにせよ、会社の大切な資産(顧客やノウハウ)を守るために法的手段も駆使して毅然と対応することが求められます。
社内の士気を下げる協調性不足・ハラスメント社員への対応
数字は上げているが、周囲へのパワハラや協調性のなさで組織を壊す社員もいます。
周囲へのヒアリング調査と事実関係の特定
まず、被害を受けている社員から詳細なヒアリングを行い、事実を特定します。調査に当たっては、プライバシーや風評被害に配慮しつつ慎重に進めます。可能であれば、人事部門や外部の産業医・顧問弁護士など第三者的な立場の人に依頼すると、公平性が保ちやすくなります。
協調性欠如やハラスメントは主観的要素も絡むため、複数人の証言や客観的な証拠(メールの文面など)が揃うと説得力が増します。
事実関係が固まったら、本人へフィードバックします。この段階ではまだ結論を出さず、「周囲からこういう声が出ているが心当たりは?」と問いかけ、本人の言い分も聞き取ります。感情的に非難するのではなく、客観的事実を伝えて改善を促す姿勢が重要です。このプロセスを踏むことで、後の対応(懲戒や勧奨)への布石にもなります。
改善命令に従わないことを理由とした退職勧奨の導入
協調性に欠ける社員やハラスメント加害者に対しては、まず会社から公式な改善命令を出すことが先決です。例えば、「同僚への高圧的な言動を慎むこと」「部下指導の際は人格否定発言をしないこと」等、具体的に改めるべき点を書面にして本人に渡します。また、本人から、再発防止の誓約書を取得することも考えられます。
再発防止策として研修受講やカウンセリング受診を義務付ける場合もあるでしょう。指導命令書や誓約書を取っておくことで、後に問題が継続した際の証拠となります。
それでも態度が改まらない場合、「改善の余地なし」として退職勧奨へ移行します。「あなたの行動により、チーム全体のパフォーマンスが低下している。このままでは配置転換しても居場所がない。」と、組織への悪影響を理由に交渉を進めます。
ただし言い方はあくまで冷静かつ穏当を心がけ、感情的な非難は避けます。その上で、退職に合意すれば一定のフォロー(退職金上積み等)をする用意があることも伝え、本人が前向きに検討できる材料を提示します。
このようにして退職勧奨に応じてもらえれば理想ですが、もし拒否された場合は、最終的には普通解雇や配置転換といった対応も検討しなければなりません。ただ、こうした素行不良系のケースでは退職勧奨が功を奏することも多いです。本人にとっても周囲に嫌われ孤立する職場に居続けるより、新天地を探した方が建設的だと思い直すケースもあるからです。会社としては粘り強く説得を試みましょう。
法的リスクを最小化する「退職勧奨」の具体的実施ステップ
ここからは、実際に退職勧奨を行う際の実践的な手順を3つのステップで紹介します。準備不足のまま面談に臨むのは失敗のもとです。
Step1:事前準備とシナリオ作成
退職勧奨の成功可否は、事前の準備にかかっていると言っても過言ではありません。面談に臨む前に以下のポイントを押さえておきましょう。
就業規則の確認と、解雇事由に該当する事実(証拠)の整理
まずは社内の就業規則や雇用契約書を再確認します。今回退職を促したい社員の問題行動や業務不良が、就業規則上どのような規定に抵触しているかを洗い出します。懲戒解雇事由に該当するほどではなくても、「諭旨退職(自主的退職の勧奨)」に該当する規定がある場合もあります。法的トラブルを防ぐため、会社としてどの程度強いカードを持っているか把握しておくのです。
次に、事実関係と証拠の整理です。問題社員に関する客観的事実(遅刻の回数、業績数字、ハラスメントの証言など)を時系列でまとめ、裏付け資料も揃えます。これらは退職勧奨の場で本人に納得してもらうための説得材料になりますし、万一後日争いになった場合にも会社の正当性を示す証拠となります。また、過去の指導歴や注意文書があるならコピーを用意し、面談時に見せられるようにします。
さらに、法改正や判例の最新情報にも目を通しておくと安心です。退職勧奨に関する判例やガイドライン(厚労省のパワハラ指針など)を確認し、違法とならないラインをおさらいしておきます。こうした下調べにより、自社のケースが解雇相当かどうか、退職勧奨でまとめるのが適切か判断する助けにもなります。
提示する「退職パッケージ(解決金・有給消化)」の検討
退職勧奨では、労働者にとっても受け入れやすい条件を提示することが円満解決のカギです。俗に言う「退職パッケージ」を事前に検討しておきましょう。典型的な要素は次の通りです。
解決金(手当)の支給:
法定の退職金制度がない場合でも、数ヶ月分の給与相当額など解決金(手当)を支給すると提案します。例えば「特別手当○○円を支給しますので…」といった形です。金銭面のメリットは説得力があります。
有給休暇の消化:
残っている年次有給休暇をすべて消化させてから退職扱いにする案です。実質的にその分の給料をプラスする効果があります。「退職日までの間は有給扱いでお休みいただいて構いません」と伝えるだけでも心理的負担が減ります。
退職理由の配慮:
会社都合退職として扱うか自己都合退職とするか、離職票の記載や社内外への説明の仕方について配慮を約束します。例えば「社内には一身上の都合と説明する」「今後問い合わせが来ても在籍証明では懲戒処分とは記載しない」等です。本人の経歴に傷が付かないようにする配慮は労働者にとって大きなメリットです。
再就職支援:
必要に応じて転職エージェントを紹介したり、社内の求人情報ネットワークを伝えたりする提案もあり得ます。「退職後の就職活動をサポートします」という姿勢です。
これらのパッケージ内容はケースによって異なりますが、相手の立場に立って「これなら了承してもいいかも」と思える条件を考えることがポイントです。社内で決裁が必要な事項(解決金の上限額など)は事前に経営層と擦り合わせ、面談当日にその場で提示・約束できる状態にしておきます。準備なくその場で「検討します」では、説得の勢いを欠いてしまいます。
Step2:退職勧奨面談の実施(スクリプト・伝え方)
万全の準備が整ったら、いよいよ本人との退職勧奨面談です。この面談の進め方次第で、合意を得られるかどうかが決まります。話す順序や言葉遣い、注意点を押さえておきましょう。
録音は必須!「解雇」という言葉を使わずに現状を伝える技術
まず、面談は必ず記録(録音)しましょう。会社側と社員側で後から「言った言わない」の争いになるのを防ぐためです。スマートフォンやICレコーダーで構いませんので、面談の冒頭で「本日の面談内容を確認のため録音させてください」と断って記録を開始します。
本題に入る際は、絶対に「解雇します」という言葉を使ってはいけません。退職勧奨はあくまで“お願い”であり、“通告”ではないからです。
「あなたを解雇することもできるがチャンスをあげる」などと言うのもNGです。それでは事実上の解雇予告になってしまい、強要と受け取られます。伝え方のコツは、現状を淡々と説明し、判断を相手に委ねるスタンスを貫くことです。
例えば、これまで用意した指導記録や問題事実を示しながら次のように切り出します。
「○○さんにとって耳の痛い話かもしれませんが、正直にお伝えします。当社では○○さんのこれまでの勤務状況について非常に重く見ています。具体的には、◯月に◯◯のミスがあり、△月には◇◇の件で派遣先から信頼を損ねる結果となりました。社内でも複数回注意をしましたが改善が見られませんでした。」
このように過去の事実を列挙し、「現状、社内での立場が非常に厳しいものになっている」ことを認識させます。そして、
「○○さんご自身にとっても、このまま当社で働き続けることが良い結果につながるのか、悩ましい状況ではないでしょうか。」
と問いかけ、本人に考えさせる間を作ります。解雇という言葉は使わずとも、「このまま在籍し続けるのは難しい状態だ」と遠回しに伝えるのです。
感情的にならず、相手のメリット(経歴への配慮など)を提示する
退職勧奨面談では、会社側は常に冷静に話すよう心がけます。相手がショックを受けて感情的になる可能性もありますが、こちらは決して感情的に責めたり、高圧的な態度を取ってはいけません。それはパワハラ的な強要と取られ、違法認定のリスクを高めます。
相手の話も一通り傾聴しつつ、しかし議論や口論は避け、用意したシナリオに沿って粛々と進めることが大切です。本人が「辞めたくありません」と言ったら、「そのお気持ちは分かります。ただ、会社としてはこれ以上一緒に働くのはお互いのためにならないと判断しています」などと静かに答えます。言いにくいことほど穏やかな口調で伝え、会社の総意である旨(個人的な恨みではない)も示しましょう。
そして、一通り状況を説明した後は、相手にとってのメリットを強調します。事前に用意した退職パッケージの内容を伝え、「○○さんの今後のご活躍を応援したい気持ちから、これだけの条件を用意しました」と付け加えます。例えば、
「ご本人のキャリアに傷が付かないよう、退職理由は会社都合とし、推薦状も作成します。また、有給休暇が10日残っていますので退職日まで消化できます。加えて特別手当として○ヶ月分の給与をお支払いする用意もあります。」
といった具合です。会社としてできる配慮は全てするという姿勢を見せ、「この条件なら前向きに検討しても良いかも」と思わせるのです。相手が「本当にそこまでしてくれるのか?」と驚くくらいが理想で、それによって初めて前向きにテーブルにつかせることができます。
なお、面談は長引かせないこともポイントです。だらだら説得を続けると相手も疲弊し反発心が増します。1時間程度を目安に、主な論点を伝えきったら一旦切り上げ、「お時間を取ってしまいました。頂いたご意見も踏まえつつ、○○さんにとってベストな形を一緒に考えさせてください」と締めます。即答を迫らず、一度持ち帰らせるくらいの余裕を持つことも大切です。
Step3:合意退職の成立とクロージング
退職勧奨の結果、相手が了承する方向に傾いたら、速やかに最終手続きを進めます。合意退職が正式に成立するまでに押さえるべきポイントを説明します。
後日の言った言わないを防ぐ「退職合意書」の締結と清算条項
口頭で「分かりました、退職します」と相手が言ったとしても、それだけでは不十分です。必ず書面で合意内容を取り交わす必要があります。用意する書類は「退職合意書」(もしくは「契約解除合意書」など名称はお任せします)です。そこに、退職日や最終出社日、支給する解決金の額、有給消化日数など合意した条件を明記します。
特に重要なのが清算条項と呼ばれる文言です。これは「本合意書に定めるもの以外に、お互いに何ら請求しないことを確認する」という内容で、トラブルの再燃を防ぐためのものです。清算条項を入れておくことで、後から本人が「残業代が未払いだ」「慰謝料を請求する」などと主張することを原則できなくできます。会社側も同様に何も請求しない(例えば損害賠償請求などしない)ことを確認し合います。
退職合意書は2部作成し、双方署名押印して1部ずつ保管します。日付も入れておきます。これで正式に合意退職が成立したことになります。なお、合意書に記載する退職理由は「一身上の都合による退職(会社からの申出を本人が受け入れ)」などと書く場合もありますが、法的には理由の書き方より清算条項等の方が重要です。
書面の締結後は、合意書に従い速やかに解決金の支払いや離職票の発行など実務を進めます。お金の支払いは退職日当日またはその前後に銀行振込等で行い、振込明細を領収書代わりにします。合意書に「解決金は○月○日までに支払う」等と明記しておくと確実です。
会社都合退職(雇用保険)の扱いで揉めないための事前説明
退職後の雇用保険(失業手当)の扱いについても、事前に本人と認識合わせをしておきます。退職勧奨に応じたケースでは、ハローワークでの扱いは会社都合退職(特定理由離職者)となる場合があります。会社都合退職になると失業給付の待期期間が短縮され、経済的に本人にメリットがあります。そのため多くのケースで会社都合扱いとしますが、一方で会社都合退職が社内外に与えるイメージを懸念する企業もあります。
基本的には本人の納得感を優先し、「会社都合退職として離職票を発行します。そうすれば失業保険もすぐもらえますから」という説明をすると喜ばれます。ただし懲戒的な要素が強いケースでは、会社都合とすることに抵抗があるかもしれません。その場合でも、表向きの離職理由は「業務都合による契約終了」等としつつ、ハローワーク上は会社都合コードにしてあげる配慮が望ましいです。
いずれにせよ、離職票の退職理由コードについて本人に説明し、「御社都合にしてくれると言った/聞いてない」などの行き違いがないようにしましょう。場合によっては合意書に「離職票上の理由欄は会社都合(〇〇)として発行するものとする」と書き入れても良いでしょう。こうした細かな配慮と確認が、「円満退職」で終わらせるための仕上げとなります。
これだけは避けるべき「違法な退職強要」と「業界のタブー」
退職勧奨は合法ですが、一歩間違えると違法な「退職強要」になります。また、人材紹介会社特有の法規制もあります。
「退職勧奨」が「退職強要(パワハラ)」と認定される境界線
過去の裁判例では、以下のような行為が違法な退職強要と認定されています。
執拗な面談繰り返し、長時間拘束、大声での威圧
- 1日に何度も面談室に呼び出す
- 1回の面談が数時間に及ぶ
- 「辞めないならどうなるか分かるよな」と大声で威圧する
- 机を叩く、人格を否定する暴言を吐く
これらは不法行為として損害賠償の対象になります。面談は長くても1回1時間程度、回数も常識的な範囲(数回程度)に留めるべきです。本人が明確に「辞めません」と拒否した場合、それ以上しつこく勧奨を続けることも違法となるリスクが高いです。
拒否した場合の「遠隔地配転」や「仕事の取り上げ」の違法性
退職を拒否した報復として、通勤不可能な遠隔地へ転勤を命じたり、仕事を与えずに「追い出し部屋」に隔離したりすることも、人事権の濫用として違法となります。
あくまで、業務上の必要性に基づかない嫌がらせはNGです。
人材紹介会社による求職者への退職勧奨(職業安定法違反)
人材紹介会社ならではの注意点として、職業安定法があります。
自社が紹介した入社者に対し、再紹介目的で退職を促すことの違法性
自社が紹介して入社させた候補者に対し、「今の会社よりもっと良い条件の会社がありますよ」と持ちかけ、早期退職を促して再び手数料(紹介料)を得ようとする行為は、業界のタブーであり、職業安定法違反に問われる可能性があります。
職業安定法とその指針では、紹介により就職した労働者に対し、就職後一定期間は転職の勧奨(退職のすすめ)を行ってはならないと明確に規定されています。具体的には、「無期雇用で就職した者に対し、採用日から2年間は転職を勧誘してはならない」とされています。2年間の転職勧奨禁止に違反すると、行政指導や許可条件違反として厳しい行政処分の対象となり得ます。
また、紹介先企業との信頼関係を完全に破壊する背信行為ですので、絶対に行ってはいけません。
あくまで労働者の「自由な意思決定」を阻害してはならない
求職者の相談に乗ることは業務の一環ですが、退職を「強要」したり、執拗に唆したりすることは許されません。
キャリアアドバイザーは、求職者の利益と企業の利益のバランスを保ち、倫理観を持って業務にあたる必要があります。
人材紹介・派遣会社の解雇・退職勧奨に関するよくあるご質問
最後に、人材業界の現場からよく寄せられる質問にお答えします。
派遣スタッフが重大なミスをしました。即日、懲戒解雇できますか?
原則として即日の懲戒解雇は難しいです。
前述の通り、懲戒解雇には厳格な要件が必要です。また、労働基準法上の「解雇予告手当(30日分)」の支払い義務は、懲戒解雇であっても除外認定(労基署の認定)を受けない限り発生します。まずは出勤停止などを命じつつ、事実関係を調査し、弁護士等の専門家に相談することをおすすめします。
派遣先から請求された損害賠償金を、そのままスタッフに請求できますか?
全額をそのまま請求することは、法的にほぼ不可能です。
労働者が業務上のミスで会社に損害を与えた場合でも、会社は利益を得ている以上、リスクも負担すべき(報償責任の法理)と考えられています。
裁判例では、労働者に重過失がある場合でも、請求できるのは損害額の数割(25%〜50%程度など)に制限されることが一般的です。誓約書で全額負担を約束させても、無効となる可能性が高いでしょう。
退職勧奨に応じないスタッフを、次の契約更新なし(雇い止め)にできますか?
有期雇用契約の場合、期間満了での終了(雇い止め)は解雇よりはハードルが低いですが、無条件ではありません。
契約が反復更新されており、実質的に無期雇用と同じ状態になっている場合などは、雇い止めにも「客観的・合理的理由」が必要です(労働契約法19条)。
ただし、退職勧奨を拒否された場合、次の更新時に更新しないという判断は、契約期間満了のタイミングであれば検討の余地があります。その際は、更新しない理由を明確にし、十分な期間を置いて予告する必要があります。
音信不通になったスタッフの退職手続きはどうすれば良いですか?
就業規則に「無断欠勤が〇日続いた場合は退職とみなす」という規定があれば、それに従い退職処理を行います。
規定がない場合でも、内容証明郵便などを送って連絡を試みた証拠を残し、それでも応答がなければ、民法の原則(意思表示の到達)に基づき解雇通知を送るなどの手続きが必要です。離職票の手続きなども含め、社会保険労務士や弁護士に確認しながら進めてください。
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「これくらい大丈夫だろう」という自己判断は禁物です。
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当事務所は、人材業界に精通した弁護士が在籍し、派遣法・職業安定法と労働法の複雑な絡み合いを熟知しています。
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地方の派遣先で起きたトラブルであっても、迅速に初動対応のアドバイスが可能です。
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