企業法務コラム
退職時の秘密保持誓約書はなぜ必要?効力が認められないケースや記載すべき項目について解説
更新日:2025/10/28
従業員の退職に際し、会社の重要な情報資産が外部へ流出しないか、不安を感じていませんか。
中小企業の経営者さまから、秘密保持誓約書についてご相談いただく際、以下のようなお悩みをよくお聞きします。
- 退職する社員に、どのタイミングで誓約書を渡せばよいかわからない
- インターネット上の雛形をそのまま使っても問題ないだろうか
- そもそも、誓約書にどこまで法的な効力があるのか知りたい
実は、退職時に秘密保持誓約書へサインをもらうだけでは、会社の重要情報を法的に守ることができない可能性があります。
この記事では、企業法務を専門とする弁護士が、本当に会社を守るための知識と秘密保持誓約書の記載すべき内容、具体的なアクションについて解説します。
退職時に従業員から秘密保持誓約書を取得することは、企業の情報漏洩を防ぐ上で非常に重要な対策です。万が一、元従業員が誓約書の内容に違反した場合には、生じた損害について損害賠償請求を行うことも可能です。
ただし、誓約書に署名をもらうだけでは、法的効力が十分に認められない場合もあります。その有効性は、不正競争防止法で定められた「営業秘密」として、企業が情報をどれだけ厳格に管理しているかによって判断されるためです。
したがって、企業を情報漏えいのリスクから守るためには、弁護士による適切な条項設計のもとで誓約書を作成することが重要です。
弁護士法人グレイスでは、企業向けに誓約書の作成・見直しのサポートを行っております。
少しでもご不安のある方は、どうぞお気軽にご相談ください。
- この記事でわかること
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- 誓約書だけでは不十分な法的な理由
- 効力が認められるための「秘密管理性」のポイント
- 誓約書に必ず記載すべき10の項目
- 署名拒否など、実務上のトラブル対処法
目次
退職時の秘密保持誓約書はなぜ必要?
会社を経営していると、従業員の退職は避けて通れない出来事です。その際に多くの経営者が懸念するのが、会社の重要情報が外部に漏れてしまうリスクではないでしょうか。
企業がもつ情報には、資産として価値のあるものが多く含まれます。
- 顧客情報:顧客リスト、取引履歴、連絡先など
- 技術情報:製品の設計図、ソースコード、独自の製造ノウハウなど
- 営業情報:販売戦略、価格表、仕入れ先リスト、未公開の事業計画など
もし、これらの情報が退職した従業員によって持ち出され、競合他社に渡ったり、独立開業のために使われたりした場合、会社の競争力が著しく損なわれ、大きな損害につながるおそれがあります。
退職時に秘密保持誓約書を取得する第一の目的は、こうした情報漏洩リスクを未然に防ぐことにあります。
誓約書という書面で、退職後も秘密保持義務を負うことを従業員に再認識させることで、不正な情報利用に対する心理的な抑止力(いわゆる「牽制」)として機能することが期待されます。
退職時の秘密保持誓約書の効力について
秘密保持誓約書は、会社と従業員との間で「退職後も、在職中に知り得た会社の秘密情報を漏洩したり、不正に使用したりしません」という内容を合意する文書です。
法的には、当事者間の合意(契約)として扱われるため、原則として誓約書に署名した従業員を法的に拘束する効力をもちます。
したがって、万が一、元従業員が誓約書の内容に違反して情報を漏洩させた場合には、会社はその誓約書を根拠として、情報漏洩の差止めや、それによって生じた損害の賠償を請求することが可能となります。
ただし、注意したいのは、誓約書にサインさえもらえばどのような内容でも法的に有効になるわけではない、という点です。その効力には一定の限界があり、特に退職後の義務については、裁判所で厳しく判断される傾向にあります。
就業規則の秘密保持義務だけでは不十分
「うちは就業規則に秘密保持に関する規定を設けているから大丈夫」とお考えの経営者の方もいらっしゃるかもしれません。確かに、就業規則に秘密保持義務を定めておくことは非常に重要です。
しかし、就業規則だけで十分かというと、そうとは言えないケースが少なくありません。
就業規則が法的な効力をもつためには、その内容を「労働者に周知させている」ことが必要です。たとえば、いつでも誰でも閲覧できる場所に保管したり、社内ネットワークで共有したりといった措置が求められます。
現実には、この「周知」が適切に行われていない会社も多く、その場合、就業規則の秘密保持規定の有効性が裁判で争われると、会社側が不利になる可能性があります。
その点、秘密保持誓約書は、従業員一人ひとりから個別に署名・捺印を得るものです。これは、従業員本人が内容を読んで理解し、合意したことの強力な証拠となります。
そのため、就業規則の規定を補完し、秘密保持義務の存在をより明確にする上で、誓約書の取得は非常に有効な手段といえるのです。
秘密保持誓約書の法的効力と「認められない」厳しい現実
ここからが本記事で最もお伝えしたい重要なポイントです。
実は、たとえ従業員から秘密保持誓約書にサインをもらっていたとしても、それだけで退職後の情報漏洩を法的に阻止できるとは限りません。多くの中小企業では、誓約書を取得していても、いざという時に「法的には無効」と判断されてしまうケースが後を絶たないのが実情です。
なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。それは、裁判所が退職後の秘密保持義務の有効性を判断する際に、単に「当事者が合意したから」という理由だけでは認めてくれないからです。
誓約書の有効性を左右する不正競争防止法上の「営業秘密」とは
裁判所は、退職後の従業員に秘密保持義務を課す誓約書の有効性を判断するにあたり、その対象となる情報が、不正競争防止法という法律で保護される「営業秘密」にあたるかどうかを重視します。
「営業秘密」とは、不正競争防止法上、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義されています。
つまり、会社が「これは秘密情報だ」と考えているだけでは不十分で、法律で定められた厳格な要件をクリアして初めて、法的な保護の対象となるのです。
法的に保護されるための3つの要件「非公知性」「有用性」「秘密管理性」
営業秘密として認められるためには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
- 非公知性(ひこうちせい)
その情報が、一般的には知られていない状態であることです。会社の内部でしか知り得ない情報であり、インターネットや書籍などで誰もが入手できるような情報は該当しません。 - 有用性(ゆうようせい)
その情報が、事業活動にとって客観的にみて有用な価値をもつことです。たとえば、その情報を利用することでコストを削減できたり、顧客を獲得できたりする場合がこれにあたります。 - 秘密管理性(ひみつかんりせい)
会社がその情報を「秘密として管理している」と、従業員が認識できる状態にあることです。この要件が、最もハードルが高いといわれています。
なぜ多くの中小企業で「秘密管理性」が認められないのか?
裁判で秘密保持誓約書の有効性が争われた際に、多くの中小企業がクリアできずに敗訴してしまうのが、この「秘密管理性」の要件です。
会社が「これは秘密だ」と思っていても、従業員から見てそれが秘密として扱われていると客観的に認識できなければ、裁判所は秘密管理性を認めてくれません。
たとえば、以下のような管理状態では、秘密管理性が否定される可能性が非常に高いでしょう。
- ・重要な顧客リストのデータが、誰でもアクセスできる社内の共有フォルダに保存されている。
- ・サーバーのパスワードが、部署内の全員で共有されている。
- ・「社外秘」や「極秘」といった表示(スタンプやラベル)がなく、他の一般書類と一緒に保管されている。
- ・重要な書類が保管されているキャビネットに鍵がかかっていない。
このような状態では、たとえ誓約書にサインがあっても、「会社自身が情報を秘密として大切に扱っていなかったのだから、従業員にだけ秘密を守れというのは酷だ」と判断されてしまうのです。
うちも退職時に誓約書はもらっていますが、それだけじゃ守れないと知って少し不安です。
おっしゃる通り、誓約書だけでは不十分な場合があります。まずは「営業秘密」として認められるよう、情報の管理体制を見直すことが重要です。
退職時の秘密保持誓約書の記載すべき内容
では、実効性のある秘密保持誓約書には、どのような内容を記載すればよいのでしょうか。インターネット上の雛形を安易に利用するのではなく、自社の実情に合わせて以下の項目を盛り込むことが重要です。
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1. 秘密情報の定義
どの情報が秘密にあたるのか、その範囲を具体的に定義します。顧客情報、技術情報、財務情報、人事情報など、保護したい情報をできる限り明確に記載しましょう。ただし、限定しすぎると、それ以外の情報が保護対象外となるリスクもあるため、最後に「その他、会社が秘密として指定した一切の情報」といった包括的な条項を入れるのが一般的です。
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2. 秘密保持の誓約
在職中に知り得た秘密情報を、退職後においても第三者に開示・漏洩しないことを誓約する、中核となる条項です。
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3. 目的外使用の禁止
会社の業務以外の目的で、秘密情報を使用しないことを誓約させます。
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4. 複製等の禁止
会社の許可なく、秘密情報に関する資料やデータを複製、複写しないことを定めます。
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5. 秘密情報の返還・破棄
退職日までに、会社から貸与された資料やデータ、およびそれらの複製物をすべて返還または破棄することを義務付けます。PCやスマートフォン内のデータ消去についても明記しましょう。
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6. 競業避止義務
退職後、一定期間、一定の地域で、会社の事業と競合する事業を行ったり、競合他社に就職したりすることを禁止する条項です。これは従業員の職業選択の自由を制限するため、無制限に課すことはできません。「期間」「場所」「職種の範囲」を合理的な範囲に限定しないと、無効と判断される可能性が高い、注意が必要な条項です。
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7. 知的財産権の帰属
職務に関連して行った発明や創作など(知的財産権)が、会社に帰属することを確認する条項です。
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8. 違反時の措置(損害賠償請求)
誓約書に違反した場合、会社が被った損害について賠償を請求できることを明記します。不当に高額な違約金を定めると無効になる可能性があるため、具体的な金額を定める場合は注意が必要です。
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9. 有効期間
退職後、どのくらいの期間、秘密保持義務を負うのかを定めます。情報の重要度にもよりますが、一般的には退職後1~3年程度で設定することが多いです。
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10. 管轄裁判所
万が一、誓約書に関してトラブルが発生し、裁判になった場合に、どの裁判所で手続きを行うかをあらかじめ決めておく条項です。
退職時の秘密保持誓約書を取得するタイミング
秘密保持誓約書を取得するタイミングは、大きく分けて「入社時」「在職中」「退職時」の3つが考えられます。
最も望ましいのは「入社時」です。入社手続きの一環として署名を求めることで、従業員もスムーズに受け入れやすく、会社として情報管理を重視している姿勢を示すことができます。
何らかの理由で入社時に取得できなかった場合は、「在職中」に取得することも可能です。ただし、理由なく突然署名を求めると、従業員に不信感を与える可能性もあるため、就業規則の改定や情報管理体制の強化といったタイミングで、全社的に説明を行った上で取得するのがよいでしょう。
「退職時」の取得は、実務上、最も注意が必要です。特に、会社と従業員の関係性が悪化している場合や、従業員が情報漏洩を意図している場合には、署名を拒否される可能性が高くなります。
円満退職で、退職手続きの一環として協力的に応じてくれるケースであれば問題ありませんが、そうでない場合は交渉が難航することも起こりえます。
なるほど、入社時に誓約書をもらうのが一番なんですね。退職時だけでは遅いと知って少し焦りましたが、今からでも在職中に整えた方が良いでしょうか。
はい、在職中でも取得は可能です。その際は「情報管理強化の一環」として全社員に丁寧に説明し、理解を得ながら進めることが大切です。
退職時の秘密保持誓約書に関するよくあるご質問
社員が誓約書への署名を拒否した場合どうしたらよいですか?
まず、大前提として誓約書への署名は任意であり、会社が強制することはできません。無理に署名を迫ると、退職強要など別の問題に発展するおそれもあります。
拒否された場合は、まずその理由を丁寧にヒアリングしましょう。「内容が厳しすぎる」「意味がよくわからない」といった理由であれば、条項の意図を説明したり、必要に応じて内容を修正したりすることで、合意に至る可能性があります。
どうしても署名が得られない場合でも、就業規則に秘密保持義務の定めがあれば、従業員はその義務を負います。署名がないからといって、何をしてもよいわけではないことを冷静に伝えましょう。
秘密保持誓約書の有効期間はどのくらいに設定すればよいですか?
法律で明確な定めはありませんが、保護したい情報の価値が時間とともに減少することを考慮し、合理的な期間を設定する必要があります。一般的には、退職後1年から3年程度が妥当な範囲とされることが多いです。永久に義務を課すといった、不当に長すぎる期間は無効と判断されるリスクがあります。
アルバイトやパートタイマーの退職時にも誓約書は必要ですか?
必要です。アルバイトやパートタイマーであっても、正社員と同じように会社の秘密情報にアクセスする機会がある場合は、雇用形態にかかわらず秘密保持誓約書を取得しておくべきです。情報漏洩のリスクは、従業員の役職や雇用形態によって決まるものではありません。
誓約書に違反した場合、具体的にどのくらいの損害賠償を請求できますか?
誓約書に違反があったからといって、記載された賠償額を自動的に請求できるわけではありません。損害賠償を請求するためには、会社側が「誓約書違反の行為」と「それによって生じた損害額」の因果関係を具体的に証明する必要があります。この証明は非常に難しいことが多く、請求できる金額は、裁判所が認定した実際の損害額に限られます。
弁護士に誓約書の作成を依頼した場合の費用はどのくらいですか?
費用は、ご依頼いただく内容の複雑さや、単発でのご依頼か顧問契約の範囲内かによって異なります。
スポット(単発)でご依頼いただく場合、一般的な雛形を貴社の実情に合わせてカスタマイズ(レビュー・修正)するケースで数万円から、情報管理体制の構築に関するアドバイスも含めて一から作成するケースでは数十万円程度が目安となることが多いです。
一方で、顧問弁護士にご依頼いただく場合は、月々の顧問料の範囲内で対応できることもあり、別途費用が発生する場合でも通常より割安な料金で対応可能なケースがほとんどです。
顧問弁護士は日頃から貴社の事業内容や内情を把握しているため、より実態に即した誓約書をスムーズに作成できるという大きなメリットもあります。
まずは法律相談をご利用いただき、具体的なお見積もりを確認されることをお勧めします。
まとめ
今回は、退職時の秘密保持誓約書について、その必要性から法的な効力の現実、そして具体的な記載内容までを解説しました。
本記事の重要なポイントを改めて整理します。
- 誓約書は情報漏洩リスクに対する「抑止力」として必要
- 誓約書の効力が法的に認められるには「営業秘密」としての厳格な管理体制が不可欠
- 雛形の安易な利用は避け、自社の実情に合わせた内容を記載すべき
退職時の秘密保持誓約書は、それにサインをしてもらうこと自体がゴールではありません。日頃からの適切な情報管理体制の構築とセットで行って、初めて本当に会社を守るための実効性をもちます。
自社の情報管理体制や、現在の秘密保持誓約書の内容に少しでも不安を感じられた経営者の方は、ぜひ一度、企業法務を専門とする弁護士にご相談ください。
監修者
弁護士法人グレイス企業法務部
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